ホーム フォーラム 徳山さんフォーラム 徳山さんゲストブック

  • このトピックには20件の返信、1人の参加者があり、最後にtokuにより2週、 3日前に更新されました。
16件の返信スレッドを表示中
  • 投稿者
    投稿
    • #128 返信
      toku
      キーマスター

      ゲストブックとして、気軽に足跡を残していただくトピックです。
      「偶然立ち寄りました」とか、「わたしも徳山です」という軽い書き込みお待ちしております。
      「あなたの情報」を書いていただく欄がありますが、お名前を書くことに抵抗があるならハンドルネームで構いません。
      メールは非公開ですが、それでも気になるならダミーも可能です。
      管理人の励みになるので、よろしくお願いいたします。

    • #356 返信
      徳山 真
      ゲスト

      リニューアルおめでとうございます。
      祖父が熊本県玉名市が出身で現在千葉県柏市在住の徳山です。
      管理人さんが調べていただいた肥後細川藩藩士名簿以外の情報はその後残念ながらありません、親戚も皆代替わりして祖先の事を聞いても新しい情報は得られませんでした。

    • #367 返信
      須田健太郎
      ゲスト

      Webサイトリニューアルおめでとうございます

    • #421 返信
      toku
      キーマスター

      徳山 真さま
      リニューアル後、第1号の書き込みありがとうございます!! 早速の書き込み、管理人としては嬉しい限りです。
      大ニュースがあります。熊本県の徳山氏の新情報があります。
      新たに、「熊本県の徳山さん情報フォーラム」トピックを立てて書いてみます。熊本県ご出身の徳山さんの情報交換を始めましょう。
      須田健太郎さま
      書き込みありがとうございます!管理人の励みになります。

    • #467 返信
      徳山徹人
      ゲスト

      ご無沙汰しています。今夜、テレビ東京を見ていたら、岐阜県旧徳山村門入(かどにゅう)の話が出てきました。トクヤマダムで、水没した徳山村で唯一、水没を免れた集落でした。久しぶりに書いてみました。

    • #468 返信
      管理人の徳山です
      ゲスト

      徳山徹人さま
      こちらこそ、ご無沙汰です。リニューアルサイトにようこそおいでくださいました。
      徹人さまは、旧ゲストブックのご常連さんでした。今後ともご贔屓にお願いします。

      • #469 返信
        徳山徹人
        ゲスト

        美作の徳山家、27代目の相続が確定していなくて、25代の奥様が不安なようです。これだけは、本人が決めないと。26代目とは、Facebookで友達です。情報は取れるようになりました。これからもよろしくお願します。

    • #1434 返信
      徳山徹人
      ゲスト

      あることから、バリトン歌手「徳山たまき」さんの話になりました。
      このサイトの研究のでは、どのグループからの出生なのかを知りたくなりました。
      管理人さんや、このフォーラムの参加の方が、ご存知であれば、教えてください
      wiekipediaでは、神奈川県高座郡足りますが…。よろしくお願いします。

      • #1445 返信
        管理人の徳山です
        ゲスト

        徳山徹人さま
        書き込みありがとうございます。
        確かに、徳山たまきさんは、神奈川県高座郡藤沢町(現在の藤沢市)の出身と伝わっていますが、神奈川県にはそもそも徳山姓のルーツらしき場所がなく、先祖はどこか他の地方から来られたものと推測されます。
        残念ながら、それ以上の情報を持ち合わせておりません。
        ご存じの方があれば、どうぞよろしくお願いいたします。

    • #3317 返信
      德山.T
      ゲスト

      こんにちは。
      近頃自分のルーツはどこだろうと気になりだし、苗字で検索したところ貴サイトを発見しました。徳山姓について詳しく調べて居られて、非常に興味深く拝見しました。突然書き込みをしてしまい申し訳ありません。

      私は福岡県在住の「德山」です。祖父母は愛媛県の出身であると聞いております。それしか情報がなく、未だに自力では自分のルーツを辿れずにいます。恥ずかしながら自身の家の家紋すら存じません。

      旧字体の「德」が苗字に使用されていること、祖父母が愛媛県の出身であること、以上の2点しか確実な情報がございませんが、どんなことでも構いませんので情報を頂けないでしょうか。不躾で大変申し訳ありません。

      • #3390 返信
        toku
        キーマスター

        德山.Tさま、ようこそおいでくださいました。
        私も戸籍上は「德」の字を使っています。そういう方は多いと思います。
        愛媛県には、2000年の電話帳登録データで53世帯の徳山さんがいらっしゃいました。47都道府県中、密度では12位ですから、まずます多い県です。ただ、愛媛県に徳山という地名はありませんから、どこか別のところに名字の地があると思われます。
        愛媛県の徳山姓の分布を見ると、大洲市周辺が密度が高くなっています。大洲藩士に徳山氏が見られますので、その一族かもしれません。伊予大洲加藤家は美濃の加藤景泰を祖としていますから、その当時からの家臣だとすると、美濃の徳山氏の流れかもしれません。
        2000年の電話帳データには、大洲市に4世帯、喜多郡の内子町に6世帯、長浜町に6世帯、東宇和郡の野村町に6世帯、宇和町に3世帯の徳山さんがいらっしゃいます。他には、松山市に9世帯、新居浜市に4世帯あります。
        先祖の除籍謄本を取られてみたらどうでしょう。江戸時代末の先祖まで5-6代はさかのぼれるので、多くの情報が得られますよ。除籍謄本と取り方についてはネット上に情報がありますが、ご質問があればこのフォーラムにお書きください。
        書き込みありがとうございました。

    • #6293 返信
      徳山徹人
      ゲスト

      今朝、美作の600年続く徳山ご本家の25代目の博さんの奥様と話しました。もう96歳。
      お元気でした。
      しかし、27代目が決まりそうもないと話されていました。
      日本の人口が減り、限界集落だらけになり、若い人は大都市に一方通行。
      早晩、係累がたたれることもありそうです。全国の徳山さん、故郷を思いだしてあげてください。

      • #6320 返信
        toku
        キーマスター

        徳山徹人さま
        お知らせありがとうございます。奥様お元気そうで何よりです。
        私も以前、お目にかかりお話を伺ったことがあります。
        南北朝時代の初代徳山将監広照以来26代続いている美作の徳山家の跡継ぎが決まらないのは重大事です。
        何とかならないものでしょうか。

    • #6368 返信
      徳山徹人
      ゲスト

      お孫さん、♂ が二人いらっしゃるようですが、山の中に帰っても仕事がないとのことで、難しいようです。オンラインワークがもっと簡単になり、しかも広まれば、どこに住んでいるかという問題は消えると思いますが。26代目がどう判断されるかでしょう。心配です。

    • #27483 返信
      徳山則明
      ゲスト

      やはり、徳山のルーツは徳之島にあるのだろう。徳山サンに未来なんぞない。どちらにせよ、この時代でそんなことを考える必要はない。笠岡の徳山サンでは、徳山先生というと、イッパツで通る。そんな徳山先生の家は、父方の実家の真向かいにあった。今はない。

      どちらにせよ、そのような過去の情報は、あまり有意義なものではない。徳山サンというのはみなさんもご存知の通り、背徳の山と成るか、神徳の山と成るか、という上振れ下振れと成りうる姓だと言えるだろう。

      この点に関しては、老い先短い現状の徳山サンにはあまり関係がない話だ。

      すなわち、今後の艱難辛苦の時代を生きるにあたって、徳山サンというのが、日月神示で言うところの、因縁の御用の大任をつかまつった姓を帯びているのか、というところが、私にとっては何よりも重要な事項である。

      知ってか知らぬかは存じぬが、笠岡市は徳山サンの村があると同時に、郷土富士の四尋山があるところである。

      いわく、富士は神の山であるぞ。神の山はみな富士というのぞ。富士まつれよ、冨士崇めよ。

      と書いてある。

      ま~これだけではどうにもならんので、今度の非課税世帯10万円給付の半分を使って、

      私は徳山サンの精神的なルーツとして、インドのアガスティアの葉のオンライン探索をやって、知りに行く。もし徳山サンの、つまり、私自身の葉っぱが見つかれば、何かしらのことを伝えるとこにしよう。

      どうせ、これが最後の時代なんだからなぁ。

    • #27484 返信
      徳山則明
      ゲスト

      何にせよ、総合すると徳山サンというのは、軍人の家系であるらしい。当然といえば当然だが、先祖墓の中にも陸軍航空隊で戦争末期に戦死した徳山サンの墓がある。ほとんど徳山サンしか住んでいなかった吉田村で、徳山サンの墓が高称寺といい、ぞろぞろと並んでいるのは、まったく不気味である。

      徳山サンの過去に何があったのか?

      そんなものはだいたい、少数のもともとの徳山サン…ひとりしかいなかったはずの徳山サンに限られる。そういう過去の徳山サンが何をして、そして、今現在に至り、なぜ徳山サンでいなければならないのか…そんなものに関しては、永遠にわからないだろう。

      しかし、もし、聖者アガスティアが残したと言われるアガスティアの葉っぱが見つかった場合、

      それは、
      まぎれもなく、

      徳山サンの葉っぱということになってしまう。

      今はいいねぇ。
      インドに行かなくても葉っぱ探しにいける。

    • #27585 返信
      徳山則明
      ゲスト

      大東亜戦争の敗戦と共に、マッカーサーが憲法をこしらえた。それには、男女平等に関する事項が盛り込まれていた。日本史上初めてとなる、かつてない男女平等という思想に、女性は狂気した。特に、あれだけ大日本帝国は必ず勝つと信じて、我慢に犠牲に我慢と犠牲を重ね忍耐を積み上げた滅私奉公の精神でお国のために身を捧げてきた世の女性からすれば、自分が信じ、心の支えでもあったお国とやらが、あっさり無条件降伏したその瞬間、魂が抜けてしまったかのごとく、すっかりどうでもよくなってしまった。

      大東亜戦争以前の日本史というのは、例外なく、男尊女卑の歴史であり、女性性の抑圧の歴史である。高度経済成長に伴い、女性が単独で社会的自立、経済的自立を果たすようになると、バーッと女性の社会進出が急速に広まった。

      それがさも世間の常識であるかのようにのたうちまわり、少子高齢化を食い止めるには女性の人権を取り上げる以外にない…ということすらわからないでいるのが今のこの国の政治家だ。正確には、女性には女性の義務がある。すなわち、結婚と育児出産の義務である。今のこの国の女性は、結婚すること、出産することを己の権利と信じ込んでいる。だから、少子高齢化になる。

      年寄りを支えるのは介護士や医者の仕事でしょう、出産とか子育てできるのは金持ちだけでしょう、という狂った考えが根本にある。

      私は、徳山サンという数ある徳山サンの中では、だた徳山サンという姓を受け継ぐ男でしかない。そう思っていた。

      だが、どうやらそれは違うらしい。

      少なくとも、野田将晴という男に出会ってからはそうだ。あの男は、私のすべてを変えた。にもかかわらず、あの男は、私が思うほど大志を抱き立志を志すたぐいの革命家ではなかった。

      知覧特攻平和会館。
      陸軍航空隊で戦死した徳山家の墓。
      点と点が、線を結ぶ。

      私は、この国を変える。

    • #27800 返信
      徳山則明
      ゲスト

      いざ10万円を目の前にすると、葉っぱのことなんぞどうでもよくなってしまう。タバコ買ったほうがマシだ!!

      しかし、今の世の中はずいぶんと余計なモノがゴチャゴチャしている。風俗、アプリ、飲食、クルマ、ばかばかしい…使いもしない知識を得るのは、読みもしない書籍を買うのと同じだ。

      だいたい、姓名判断のときもそうだった。有名なところに改名依頼をしたことがある。そうすると、僕の名前が徳山則明から徳山悟章になった。読みは同じのりあきだ。

      しかし、そんな名前を頂いたにもかかわらず、依然として僕は則明のままだ。結局、ただの庶民に占いの結果が悪いから改名するなんてごたくは、裁判所に通るわけがないんだ。

      時に、本家徳山家の跡継ぎ問題のことであるが。跡継ぎになるような徳山家の若者は、そもそもこのようなサイトを絶対に見ていない。それどころか、歴史に対しても無知に等しいだろう。どこどこの有名大学を卒業したか、ではなく、実感として、いま、自分が生きている歴史が、どこからきていて、そこからやってきた歴史が、どこへ行ってしまうのか。歴史の織り人として、自分という人間が、どんな歴史を紡ぎ、どのような歴史を作り出せるのか。

      というところをまったく理解していないから、徳山家の跡継ぎがいないというコトになる。使命感がないンだナ。

      都市部の徳山サンが故郷を思い出したところで、都市部の徳山サンは永遠に故郷に帰ってきはしない。それが地方だから。地方の富を吸い上げ、少子高齢化にも関わらず、東京だけは人口が少しずつ増えている。東京、大阪、神戸、どこだっていいが、実家に帰ってきて家を継ぐなんて、しないだろうナ。

      つまるところ、話のスジからすれば、徳山サンというのは渡来人になるんだろう。問題は、そんな徳山サンの一人である僕が、いくら徳山サンの造詣に深くたずさわるようになったところで、それはすごくどうだっていいことにさえ、なってしまうということだ。

      だから、跡継ぎがいなくなるんだ。
      危機感を持っているのは年寄りだけ。

    • #27801 返信
      徳山則明
      ゲスト

      しかし、笠岡市の徳山サンで唯一の有名人といえるのが、今は亡き徳山センセイだってことだ。道徳のセンセイだとか言ってたかな?しかし、なぜそんなに笠岡市全域に名声が知れ渡っているのか、今となってはまったくわからない。

      なにしろ、北木島や白石島出身のばあさんですら、徳山センセイのことを知っている。

      徳山センセイねぇ…

      今となってはもう、何もわからない。

    • #27802 返信
      徳山則明
      ゲスト

      それで、徳山先生で検索すると、徳山暉純という徳山サンが出てきた。なんでも、ウィキペディアによると、徳山家は、日本で古くから東洋思想を代々伝えている家系である。だと思っている。

      とのこと。

      くだらねぇ~

      なんだかんだいって徳山サンでも徳山サンの総数の割合に比して有名人がわりかし目立つから、どうでもよくなるんだろうな。

      徳山姓 その名において
      神徳の山となるも
      背徳の山となるも
      人徳の積み重ね
      徳を積むには
      陰徳に徹し
      いかなる艱難辛苦の時代にあっても
      徳に生きるべし

      くだらねぇ書き込みだなァ~。

    • #28528 返信
      徳山則明
      ゲスト

      先祖墓には陸軍飛行隊の飛曹でミンダナオ島ダバオ市で1944年に戦死した人がいる。だが、そのことはなかったことになっている。笠岡市吉田の高称寺は仏像一体を残し元禄時代に全焼している。そんな高称寺は、石段が積み上げられ、吉田を一望できる位置にある。最初の徳山は、この地に立ち、あたりをみまわし、居住を決め込んだわけだ。

      徳山家は土着の士族ではない。大陸系の渡来人だ。私自身、韓国系の顔つきをしている。吉田村の徳山家は日本人的だが、それでも先祖返りをするのか、目が細くなるらしい。実の父親だって、済州島の韓国人と顔がそっくりだ。

      大阪に在日韓国人の徳山サンが大勢住んでいるのは、それがやっぱりまぎれもない徳山家のルーツなんだよ。

      だからたぶん、これ以上日本本土内で徳山家のルーツを探したって、見つからんだろうと思う。そこにはもう、ないから。

16件の返信スレッドを表示中
返信先: 徳山さんゲストブック
あなたの情報: